復興中華作戦(2)
台湾の朝は遅い。
6時前に宿を出て、捷運の駅へ。
こんな時間では流石に人も少ないので、気になっていたあれこれを写真に収めたりする。
松山から自強號に乗る。
電化されながら、ディーゼルカーによる運行が僅かにあり、それに乗るために早起きした次第。
指定席を取ったのだが、券にある席には先客がいた。優先権はこっちにあるとはいえどーせすぐ降りるんだからと、ほかの空席に座る。
日本生まれの証。バッドのライセンス証もきっちり残っている。近所でも見れるけど…
八堵で下車。
基隆ゆきまで時間があるので列車を眺める。
昨日も見たけれどDR1000をまた目撃す。
基隆からは前回乗りそこねたEMU300型に乗る。
カーテンが子供部屋っぽい柄だったりするのはなんでだろう。
混んでいて移動もままならず、吊り掛け式独特の重音はよくわからずじまい。
自強號だがホテルに近い松山には停まらない。台北駅まで乗り、EMU300の発車を見送りホテルに帰って食事。
チェックアウト後は士林の蒋介石邸を見に行ったり。
駅からの道中は台湾らしくないこざっぱりした感じである。
えらいひとのオサレな部屋やガラス戸に納まった古典全集とか雰囲気が羨ましい。
6畳間暮らしには夢のまた夢だが…
捷運はこのあたりでは地上を走っているので写真撮影した。
模型を買ったC381型が来るまで撮っていた。こういう時になかなか思うように来ないものだ。
さて次は中山の三越に出かける。
台湾の列車のプラレールを買っていって話題の種と親戚の子供の土産としようと思った。
おもちゃ売り場でプラレール自体はあったが、台湾の車両はどうしたことか線路付きのセットばかり。
事前に調べたのだと太魯閣と普悠馬のセットがあったと思うが。
台北駅前の三越も行ってみたが、そこも同じ感じであった。というわけで断念。
あちこち見てまわていたら、台湾関連の土産物屋を発見。前にTwitterで見かけた”蒋介石を使った車のステッカー”もあった。
パスポートを模したノートやら何やら、手持ち金でいろいろ買ってしまった。
中華民国民なりきりセット。
時々中華民国旗柄の何かを持ってる人いるねえ。
そうこうしているうちに空港に行かねばならん時間になった。しかしキャリーバッグで乗り換えの文湖線の高架まで登るのは面倒だ。
そういうわけで、初めてタクシーを使うことにした。いくらなんでも空港がわからんタクシーもいるまい。
見た目と手すき(昼前なので飯の時間の車も結構いた)な車を見つけ、「松山機場?」と声をかけ載せてもらう。
町並みを見ながら移動できるのは良い。よく考えてみれば移動には捷運ばっかりで、台北市内の地上の印象があまりない気がする。
よく見れば、始めてきたときに案内されてきた中山国中近くの免税品店まで発見した。ここまでくれば空港はすぐである。
チェックインはエバーに投げられていた。
乗継旅程の客向けに何やらカードを見せてくれる。預け荷物を羽田で一度ピックして、税関を通ってから国際線ターミナルの預け所にて預けなおすように とのこと。
出国もあっと言うまである。
外を見たら、遠東航空のMD機が見えた。
日本だと新潟迄行かねば見れんのを見れた。やったね。
さて羽田行きの搭乗である。
CAさんが「お帰りなさいませー」と出迎えてくれる。
日本の会社で帰国するのは初めてだが、乗ったときからそこはもう日本だった。
食事はなぜか事前の告知と違うものが出てくる。
パンの包がエバー航空系の会社だったので台湾で用意したものだろうと思うが。
この日は「空の日」であった。
そのため、この日限定でノベルティのキーホルダーが配られた。
羽田に到着。
さっき預けた荷物を入国後ピックアップし、税関を通ってからまた預けねばならない。理由はわかるが面倒ではある。
国際線と国内線の乗り継ぎで搭乗券を然るべきところに見せると、両ターミナルを電車で移動できる券がもらえる。
それによってモノレールで移動してみた。
国際線ターミナルで荷物を預けたところの近くに保安検査があり、そのまま国内線に連れて行ってくれるらしいのだが、そうしなかったのは食事でもしようかと考えたから。
ところが改装工事だかで2ヶ月前に行った店が消滅していたりしたので目論見が外れて終わる。
さっきの台湾からに比べたら小松まではすぐである。ここでもあのキーホルダーが配られる。
今日一日全部の便で配っているらしいが、そうすると一体いくつ準備するんだろうか。
何はともあれ小松に帰ってきた。
国際線用の駐車場(タダになる)まで歩いていると、交差点でスピード保ったまま曲がってくる車がいて、ここは台湾か。とか思ってしまった。